天に届く心
余ったものを人にあげて喜ばれたら、自分にとってこん
な都合のよいことはありません。
相手が感謝してくれようものなら、それを恩に着せる人
もあります。
実は捨て場に困っていた場合であれば、こちらが感謝し
てお礼をいうべきなのに、自分の方が優位に立って相手に
頭を下げさせるというのは少しずるいといわざるを得ま
せん。
これは良心の問題です。
その人の人間性の問題というべきかもしれません。
余ったものを神様にお供えしても恐らくそれは神様だっ
たら通じないことでしょう。
金持が痛くもないわずかなお金をお供するよりも、よく
いわれるように貧者の一灯の方がはるかに価値があります。
また余った時間を人の為に使っても同じように値打は薄
いものではないでしょうか。
恩に着せるような心ではなく、ならんなからある程度の
犠牲を払って尽くす心を誠の心というのではないでしょ
うか。
その人のために尽くして、犠牲を喜び損を喜び、そして
お礼を言える心なら、それは天にも届く誠の心というもの
ではないでしょうか。
これは成功する人の共通点であるのかもしれません。